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7F
デザインギャラリー1953 期間限定
GINZA CREATIVE SELECTS

Cheers !
山口一郎

2025年7月16日​(水)​-​  7月21日​(祝・月)
※最終日 17時閉場
リビング・ホビー

動植物を​描いた​独創的な​ドローイングや​大胆な​彩色の​抽象画など、​ひと目で​人の​心に​届く​エネルギーに​満ちた​作品を​数多く​生み出している​山口一郎さん。​現在は​画家と​して​ご活躍ですが、​以前は​イラストレーターと​して​活動されていました。​そのころ、​仕事の​合間に​松屋銀座に​足を​運んでくださっていたようで。​そこで​今回の​展覧会は、​再会を​祝し​「Cheers​(乾杯)!」を​テーマに​お送りします。
この​「Cheers!」に​至るまでに​山口さん​自身が​どんな​道を​歩ん​できたのか。​そして、​今、​どんな​環境で​作品を​描いているのか。​その​背景を​探るべく、​香川県の​アトリエに​伺い、​たっぷり​お話を​伺いました。

6年過ごした​アトリエを​移したのは​昨年の​こと。​木造の​アパートの​手狭な​二部​屋から、​雑居ビルの​ワイドな​一室に​引っ越し、​広くなった……​「はずでした。​だけど、​もう​棚に​入りきらなくて​(笑)」。​アトリエの​片隅には、​溢れてしまった​本や​雑誌、​ブルーレイディスクなどが​積まれている。​いかにも​コレクション的な​香りの​する​ラインナップから​して、​この​部屋に​ある​ものは​すべて​山口さんの​創作活動に​欠かせない​ものなのだと​察しが​つく。​壁の​一面には​作業中の​BGMに​欠かせない​レコードが、​もう​片方の​壁には、​愛読している​漫画が​ずらりと​並んでいる。
「特に​藤子・F・​不二雄先生が​大好きで。​疲れている​ときに、​NHKの​『プロフェッショナル 仕事の​流儀』に​先生が​出演された​回を​見直しています。​だれもが​知っている​作品を​たくさん​世に​生み出しているのに、​描いている​本人は​すごい​地​味って​いうのが​好きなんですよね。​漫画一筋で、​なんだか​救われる​感じが​するんです」。

上:好きな​ものが​溢れるに​ぎやかな​アトリエ。
左上:本棚には​漫画の​ほか、​フィギュアや​玩具なども。
右上:床には、​アート、​漫画、​映画と、​どんどん​積み重なっていく​宝の​山が。
左下:​何度も​読み返す藤子・F・​不二雄先生の​漫画は​本棚の​手前に。
右下:壁​一面の​レコードは​学生時代からの​コレクション。

これまでの​延長線上に、​現在が​ある。

山口さんの​漫画好きは​小さい​ころから。​漫画家に​憧れ、​高校生の​ときに​一度だけ、​出版社に​作品を​持ち込んだことがあると​いう。
「その​作品を​最近​見てみたら、​誰かの​言葉を​マネたような​青臭い​内容で​(笑)。​やっては​みたけど、​ストーリーを​考えるのは​むいてなかったんですよね」
でも、​描く​ことは​好き。​そこから​見えてきた​新たな​夢が​イラストレーターだった。
その夢を​叶えるべく、​高校卒業後に​上京し、​日本の​ファッション・イラストレーターの​草分けである、​長沢節氏が​開いた​セツ・モードセミナーに​入学。​といっても、​入学試験は​なく、​学校に​入れるか​入れないかは​クジ引きで​決まる​(開校当時は​先着順だった)。
「箱の​中に​三角に​折った​紙が​入っていて、​丸が​ついていたら合格。​僕は​2回も​ハズレを​引いてしまいました。​でも、​2回目の​ときに​入学を​辞退した​人が​いたようで、​繰り上げで​入れて​もらえる​ことになったんです」
そんな​ユニークな​入学方​法を​とるのには、​セツ・モードセミナーの​「何も​教えない」と​いう​教育方​針が​関係している。
「テクニック的な​カリキュラムは​なく、​節先生も​一緒に​なって、​ただ​描く​のみ。​振り返ってみると、​ここで​学んだのは​生き方だったなと​思うんです。​節先生の​美意識に​触れられた​ことが​今に​つながっているのかなって」
見た​こと、​味わった​こと、​感じた​こと。​創作は​その​人が​生きる​道のりからしか​生まれない。

毎日​触れる​レコードプレーヤーの​上に​飾られているのは、​長沢節氏の​絵​(左)と、​セツ・モードセミナーの​絵の​先生を​務めて​いた​星 信郎氏の​絵​(右)。​「星先生とは​誕生日が​同じで。​そんな​ご縁も​あって​毎年春に​合同展覧会を​開催しています」

この​既成概念にとらわれない​自由な​環境の​中で、のびのびと​才能を​育んでいった​山口さんは、​在学中に​イラストレーターと​して​デビューした。​記念すべき初仕事は、​昔から​大好きだったと​いう​『Olive』​(マガジンハウス)。
「作品を​持ち込んだことが​きっかけです。​はじめは​『Olive』だけでしたが、​次第に​マガジンハウスの​他の​媒体の​イラストも​描かせて​もらえる​ことになって、​一時は​編集部に​住み着いていましたね」
そんな​状況が​5年ほど​続いたのち、​独立。​大手化学メーカーの​化粧品の​広告イラストを​メインに​活動していたが、​30代半ばで​その​仕事の​契約は​終わりを​迎えた。​フリーの​イラストレーターと​して​食べていくには、​ここで​再度、​出版社なり、​広告制作会社なりに​作品を​持ち込み、​営業しなくてはならないのだが、​「なんだか​面倒に​なっちゃったんですよね」と、​山口さん。
「イラストレーターと​して、​ある​程度いろいろな​仕事を​やらせて​もらったし、​あと​僕は、​イラストレーターと​して​もの​すごく​大成していたわけではなかったので」
そうして​山口さんは、​イラストレーターの​次に​やってみたかった​パン屋さんを​目指すことになる。
地元・浜松に​帰り、​パン屋で​アルバイトの​日々。​来る​日も​来る​日も​バイトに​明け暮れる​一方、​自らホームページを​立ち上げ、​日記と​絵を​描いた。​ホームページだから​自由に、​好きなように。
「そしたら、​僕の​絵が​好きだと​コメントを​いただけるようになったんです」
だれかに​依頼された​わけではなく、​好きに​描いた​絵に​反応を​いただける​ことには、​これまでと​違った​充実感が​あった。​半面、​パン屋への​情熱は​しぼんでいき、​アルバイト先を​退社。​その​出来事も​洗い​ざらい​日記に​綴った​ところ、​香川県に​住む読者の​方から​「遊びにきませんか」と​いう​メッセージが。
「香川県と​いえば、​猪熊弦一郎美術館!​ ずっと​行ってみたいと​思っていたので、​これは​ご縁だな、と」
1週間後、​山口さんは​香川に​向かっていた。

アトリエの​隅に​山口さんが​描いた​香川県の​マップを​発見!​ アートの​島と​いわれる​直島と​豊島が​大きく​描かれている​ところに、​山口さんらしさが​ちらり。

敬愛する​猪熊さんを​堪能し、​気に​なっていた​直島にも​行ってみて。​その後、​遊びに​誘ってくれた​方から​「これから​どう​する​つもりなんですか?」と、​尋ねられた​山口さん。​その​とき脳裏に​浮かんだのが、​以前、​バッグ作家の​江面旨美さんが​かけてくれた​ ​「DEE’S HALLの​オーナーの​土器典美さんを​紹介するよ」と​いう​言葉だった。​DEE’S HALLと​いえば、​東京・青山に​ある、​言わずと​知れた​名ギャラリー​(現在は​閉店)。
「江面さんは、​イラストレーターを​やっていた​ときから​僕の​ことを​気に​かけてくれ、​土器さんに​作品を​見て​もらえば?​ と​勧めてくれていたんですが、​その​ときは​自信が​なくて」
気持ちを​固めるのには、​寄り道、​回り道も​必要だったのだろう。​意を​決した​山口さんは​香川県に​拠点を​移して​心新たに​たくさんの​絵を​描き、​やっぱり​「絵を​描く​ことが​好きだ」と​いう​確かな​思いを​携えて、​DEE’S HALLの​門を​叩いた。
そうして​2007年に​DEE’S HALLで​開催する​ことになった​個展が、​「画家・山口一郎」の​始まり。
「実は​土器さんも​セツ・モードセミナーの​門下生なんですよね。​しかも​出身地は​香川県。​なんだか​不​思議なつながりが​起こったんです。​僕の​人生に」
その​人生に​起こる​「つながり」は、​静かに​点と​点を​結びながら、​ある​とき、​はっきりと​した​カタチと​なって本人の​前に​現れる​ものなのかもしれない。

例えば、​ある​個展での​こと。
初個展以来、​DEE’S HALLで​1年半ごとに​個展を​開催していた​山口さんの​もとに、​インテリアショップの​企画担当の​方が​尋ねてきたことが​あった。
「どうやら、​いろいろな​インテリア雑誌に​僕の​名前が​載っていたらしいんです。​それで​気に​なり、​個展に​来てくれた​ようで。​DEE’S HALLで​絵を​買ってくださった​お客様が​部屋に​飾ってくれてたんでしょうね」
だれかのもと​へ​旅立った​絵が、​人を​呼び、​そして​また次の​個展へと​つながる。
「絵の​神様は​甘い​汁も​吸わせてくれないけど、​ムチばっかりでもないようです​(笑)」

迷いなく、​美しい​線を​描きたい。​すっと、​一気に。

さて、​現在の​山口さんはと​いうと、​これまでの​歩みの​中で​出会い、​心を​動かされた​ものが​蓄積された​アトリエで、​毎日、​絵を​描く​日々を​おくっている。

左上:壁を​埋めつくしているのは、​これまでに​足を​運んだ​展​覧会や​コンサートなどの​チラシ。​その​中に​混じって、​大好きな​漫画を​オマージュした​山口さん作の​イラストが。
右上:​「うどん本陣 山田家」の​ロゴは、​デザイナーの​和田邦坊氏に​よる​もの。​「僕は​この​方が​大好きで。​NHKの​朝ドラの​主役に​どうかと​思っているんですけど​(笑)」
左下:敬愛する​柚木沙弥郎氏の​版画。​その​下には​香川県の​銘菓​「かまど」の​喫茶室が​クローズする​際に​譲って​もらった​「桜製作所」​設計の​椅子が。
右下:入り口の​前の​かわいい​注意書きは​山口さん​自身に​宛てた​もの。

アトリエに​来るのは、​だいたい​11時ごろ。​まずは​レコードを​聴き、​しばらく​すると​書店へ。​店内を​ぐるっと​回って、​再びアトリエに​戻ると、​レコードを​かけ、​雑誌を​ぺら​ぺらめくる。
「絵を​描くのは​13時過ぎくらいからかな。​これでも​まだ​調子が​出ないようなら​ジョギングしてからですね。​ 描き始めれば、​どんどん​調子が​出てくるんですけど、​最初がね。​エンジンを​かけてから​油が​全体に​まわるまでに​時間が​かかるんです」

左上:作業中は​レコードか​ラジオを​かけながら。​最近の​気分は​ジャズ。
右上:​使った​ものは​定位置に​戻してから​帰宅するのが​ルール。​「パン屋さんで​バイトしていた​ときに​身に​つきました」
左下:​思い​立った​ときに​走れる​よう、​ジョギング用の​シューズも​常に​アトリエに。
右下:猪熊弦一郎の​油彩画​「toys」から​インスピレーションを​受けて​制作した​もの。​「約30種類の​動物を​描き、​坂出市民美術館に​飾っていただいたんですが、​その​絵が​マスキングテープに​なりました」。

上:まるで​書を​書くような​姿勢で​絵を​描く​山口さん。
下:の​びやかで​美しい​線と、​大胆な​構図が​圧巻。

ところが、​描き出すと​一気。
実際、​どんな​感じなのかを​見せて​もらったら、​この​カモメの​絵を​描くのに​かかった​時間は、​1分に​満たない​ほど。​紙の​上に​色を​落とした​瞬間から、​する​すると​淀なく​線が​描かれていく。
「線には、​すごく​気を​使っています。​迷いが​ないように​描く、と​いうのが​自分の​中に​あって。​見ている​人は​気づかないのかもしれないんですけど、​途中で​手が​止まっちゃうと、​僕が​気に​なっちゃうんですよね。​あ、​一回​ここで​線が​止まっちゃってるとか。​だから、​描き切らないと​いけなくて。​こういって、​こういってって​いう​流れが​頭の​中に​ある。​字の​書き方を​教わる​とき、​あらかじめ薄く​書かれている​字を​なぞったりするじゃないですか。​その​感覚に​近いのかもしれません。​実際に​薄い線が​描かれているわけではないけど」

凝縮した​エネルギーが​紙に​放出される​様は、​まるで​書道の​よう。​山口さんの​絵に​思わず​惹きつけられてしまうのは、​線に、​絵に、​その​人と​なりが​宿っているからだろう。​気持ちよく​葉を​広げる​大木を​見た​ときのような、​安らぎと​感動が​ある。
「そう​言って​もらえると​うれしいです。​とき​どき、​“楽しんで​描いているんでしょ?​” と​聞かれる​ことが​あるんですが、​実際は、​こんな​調子で​考えている​時間の​ほうが​長いから、​子どものように​無邪気に​描いているわけではないんです​(笑)。​でも、​僕の​描いた​絵で、​元気に​なるとか、​明るい​気持ちに​なるなどと​言って​もらえるのは、​作家冥利に​尽きると​いうか。​と​いうのも、​僕の​目標の​ひとつに、​部屋に​飾りたくなるような​絵を​描きたいと​いうのが​あるから」
それは、​画家と​して、​DEE’S HALLで​はじめて​個展を​開く​ことになった​ときから​抱いている​思い。
「土器さんと​ “残念ながら​日本には​絵を​飾る​習慣が​ないよね”と​いう​話に​なったんです。​ だから、​少しでも​僕の​描いた​絵が​だれかの​お宅に​飾られたら​いいねって。​ そういう​ことを​目標に​していこうねって」

作品も​人生も、​縁ある​ものは、​みんなど​こかで​つながっていく。

もちろん、​今回の​松屋銀座での​個展でも​その​意志は​変わらない。
山口さんの​作品の​定番である、​猫や​フクロウなどの​〈動物〉シリーズや​〈ブルーバード〉など、​日常に​華を​添える​絵を​たくさん​展示予定だが、​実は、​ここ、​松屋銀座ならではの​テーマが​ある。
それは​「Cheers!​(チアーズ)」 。​そう、​乾杯!
「イラストレーターと​して​マガジンハウスに​住み着いていた​ころ、​銀ブラついでに​よく、​松屋銀座7階の​『デザインコレクション』に​立ち寄っていたんです。​当然、​併設されている​『デザインギャラリー1953』で​開催されている​展覧会も​よく​覗いていたんですが、​まさか​自分が​そこで​個展を​する​ことになろうとは。​だから、​みなさんを​巻き込んで​祝杯したいなと​思って​(笑)」

祝いの​席には花。​と​いう​ことで、​今回の​個展を​彩る​〈花〉シリーズは、​目玉の​ひとつ。
「描き​はじめた​当初は、​花の​部分しか​描かなかったんですが、​近頃は​どっちかと​いうと​葉っぱが​主役なんですよ」

上:6月7日~6月29日に​香川県坂出市の​「かまどホール」で​開催する​個展『Songs』に​向けて​描いた、​最新作。
下:​「最近は​アクリルで​描くのには​まっています。​筆跡が​わかる​アナログ感が​いいなと​思って」

そも​そも、​山口さんが​意識的に​〈花〉を​描くようになったのは、​2011年の​こと。
「DEE’S HALLの​土器さんの​パートナーが​亡くなった​直後の​展覧会だったので、​これまでの​感謝を​込めて​花を​描いたんですよね。​会場の​壁を​花で​埋めつく​そうと​思って」
その​花が​タネを​残し、​その後の​個展でさまざまな​花を​咲かせてきた。​そして、​その​一点​一点の​花は​今頃、​各家庭で​咲き誇っている​ことだろう。

ところで、​近頃の​山口さん、​どうやら​ナチュラルワインに​ハマっているようで。
「夜に​なると​集中力が​欠けてくると​いうのも​あるんですが、​20時くらいに​なると、​そろそろ​一杯やりたくなるから、​仕事を​切り上げて​自宅で​乾杯!​ いつか生産者さんの​ところに​伺って、​気に入った​ワインの​エチケットを​描けると​いいなぁと​思っているんですけど」

この​アトリエに​越してきて​以降に​かかわった​仕事の​DMや​フライヤーが​貼られた​コーナー。​もう​じき、​「Cheers!」の​DMも、​この​壁を​彩る​ひとつに​なる。

今は​見えない線。​でも、​きっと​この​通過点も​いずれ、​ほかの​点と​交わって、​くっきりと​色濃く、​結ばれていく​はず。​それこそ​山口さんの​ドローイングのように、​のびやかに。


山口一郎(やまく​゙ちいちろう​)

静岡県出身。​セツ・モードセミナー卒業後、​イラストレーターと​して​雑誌​広告の​仕事に​携わ る。​現在は​香川県を​拠点に​画家と​して​活動。​国 内外て​゙展覧会を​行っている。
Instagram @ichiro8308