メインコンテンツへ

その​他|その​他

行ってきた​レポート vol.5 ​「第四回 銀座名匠市」​(前編)

こんにちは。
今回の​行ってきた​レポートは、​「第四回 銀座名匠市」​(2026年2月18日-23日開催)。
「銀座名匠市」は、​日本の​伝統的工芸品が​集う​約1週間の​お祭り。​全国から​約90産地の​作り手が​松屋銀座8階に​集結しました。

会場に​入って​パッと​目に​留まったのが​竹の​美しさ。

繊細な​竹の​美しさ

〈駿河竹千筋細工〉静岡
良質の​竹を​産出してきた​藁科川流域は、​古くから​竹製品が​生活の​中で​定着していました。​江戸時代には​参勤交代の​諸大名に​人気を​博し、​寛永年間には​鷹匠 同心に​より​鈴虫籠などが​作られるようになり、​駿河竹細工の​名声が​広がりました。

駿河竹千筋細工では、​他の​竹細工の​産地が​平らな​「平ひご」を​用いるのに​対し​「丸ひご」を​使用し、​ひご作りから​仕上げまでを​ひとりの​職人が​担います。

駿河竹千筋細工を​象徴する​虫籠。​角の​ない​丸ひごは​虫を​傷つけない。
繊細で雅。​ルーツは​諸大名への​献上品。​これが​美しき佇まいの​所以。

か​ごバッグを​持つ時に​気に​なるのが、​シルクや​カシミヤなどの​服を​傷める​こと。​虫が​引っかからないように​作られた​丸ひごの​技術は、​服も​傷つけない。​これは​嬉しい。​ 

経年変化を​楽しみながら​一緒に​歳を​重ねたいと​思わせてくれた​駿河竹千筋細工でした。

〈江戸和竿〉東京
お次の​「竹」は、​200年を​超える​歴史を​もつ​「江戸和竿」。江戸時代に​誕生し、​研鑽を​重ねた​竿師に​より​伝承されてきた​釣竿です。

繊細な​美しさに​思わず足を​とめた​5本継ぎの​「タナゴ竿」。​深い​竹林を​思わせる​緑に​惹かれました。

江戸和竿の​特徴は、​見た​目の​美しさと​強度を​与える​漆が​塗られ、​天然の​竹を​使用するので、​竿の​調子や​長さなど、​竿1本1本に​個性が​ある​こと。

そして、​長く​愛用できる​こと。​使用していく​うちに​生じた​曲がりも、​再度火入れを​すれば​直せる​そう。​熱に​強い漆は​優れた​塗料なんですね。

見えない​ところにまで​自分だけの​拘りが​詰まった​江戸和竿。
釣る​魚の​種類に​よって​様々な​タイプの​竿を​使い分ける、​江戸庶民の​粋な​文化が​ここに​ありました。

一筆​ひとふでに​込められた​手描きの​豊かさ

〈三川内焼〉長崎
長崎で​約400年に​渡りまもり続けられてきた​三川内焼​(みか​わちやき)。
優しい​鯨と​目が​合い、​引き込まれました。

光雲窯 十四代目 当主 今村隆光さんの​作品です。
すべて​手描き。​絵画のように​細い線で一筆ひとふでを​運んでいきます。

江戸時代には​藩の​名称から​「平戸焼」と​呼ばれていた​三川内焼。
寛永14年​(1637年)、​平戸藩は​御用窯​(藩の​保護のもと、​良質な​原料と​高度な​技術が​集結した​窯)を​開きます。​寛政年間頃までは、​献上品と​して​製作されており、​その​製法は​門外不出だったと​いいます。
明治時代、​御用窯は​民窯と​なり高い​評価を​得ました。
現代も​その​繊細な​筆致、​精巧な​技は​脈々と​受け継がれています。

ザブーンと​音が​聞こえてきそうな、​波と​戯れる​鯨たちが​生き生きと​描かれていました。

シロナガス、​イッカク、​マッコウ、​ザトウ~様々な​鯨たちが楽しそうに​泳いでいました。

いただいたのは​迫力ある​ザトウクジラの​飯碗。​白米が​美しく​映え、​美味しく​いただけそう。
30年以上​描いてきたと​いう​鯨からは、​優しい​海の​香りが​漂っていました。

〈波佐見焼〉長崎

もう​ひとつ長崎から。​日本の​磁器の​誕生から​約400年の​歴史を​もつ​波佐見焼。
愛らしいうさぎに​話しかけられ足を​とめた、​「空萌工房」​田口紀美子さんの​作品。

波佐見に​生まれ育ち、​一筆​ひとふで​心を​込めて​描いていると​いう​田口さん。​その​柔らかな​心が​器に​優しく​反映されていました。

佐賀県との​県境に​位置する​波佐見町は、​有田と​歴史を​共有してきました。
明治時代に​有田に​駅が​開通し鉄道輸送が​可能に​なったことに​より、​「有田焼」と​して​全国に​流通し​広まりました。​その後、​生産地​表示が​厳格化された​ことから、​20数年前より​「波佐見焼」と​明記するようになりました。

特徴は、​天草陶石に​よる​透けるような​美しい​白磁に​染付。​そして、​約1300度と​いう​高温で​焼き上げるので​硬く、​丈夫で​壊れにくいこと。

良質な​日常食器を​つくり続けてきた​波佐見焼は、​時代に​あわせてしな​やかに​変化しながらも、​その​姿勢を​崩すことなく​在りました。

ダイナミックで​優美。​大地と​共に​つくりあげる​小宇宙

〈薩摩焼〉鹿児島
ジュラシックな​世界観に​見惚れた​「龍門司焼」。

これ欲しい!と​叫んだ、​川原史郎作​「白蛇蝎釉抹茶碗」。

16世紀末に​17代島津家当主 島津義弘公が​朝鮮陶工を​伴って​始まった​薩摩焼は、​白薩摩と​黒薩摩が​あり、​龍門司焼は​鉄分の​多い​土を​使った​黒薩摩の​伝統を​受け継ぐ窯。

陶土は​もちろん、​龍門司焼を​特徴付ける​多彩な​釉薬の​原料も​地元で​採取・​調合される​そうです。​土地の​空気を​抱いた​力強く​優美な​器は、​独特の​存在感を​放っていました。

釉薬の​収縮率の​違いから​模様が​生まれる​「白蛇蝎釉​(しろだか​つゆう)」。
クロコダイルの​腑のような、​蛇の​鱗のような​グロテスクな​美に​心踊る。

黒釉の​上に​トクサと​呼ばれる​白土と​土灰に​よる​釉薬を​重ねた​「黒蛇蝎釉​(くろだか​つゆう)」も​「白蛇蝎釉」と​同様、​収縮率の​異なる​釉薬の​差異が​美しい​紋様を​生み出します。
陶工の​個性が​表れる​手作業での​施釉、​登り窯での​焼成の​妙などで​唯一無二の​作品が​生まれます。

個体差の​大きい​彼らを​前に​どれにしようかと​悩んだけど、​おっ、​白と​黒を​重ねたら​格好良い!と​気付いた。​模様の​強弱の​バランスも​良いわ!と​いう​ことで、​この​組み合わせを​連れて帰る。

昨年9月に​松屋銀座で​開催された​「手仕事直売所」で​購入した​〈pejite〉の​欅と​ブナの​お皿に​重ねてみた。
少し​づつ​集めて​いきたい​〈龍門司焼〉の​蛇たちでした。

フライヤーも​格好良かった。​紙質も​書体も​レイアウトも。

〈赤津焼〉愛知
愛知県瀬戸市の​赤津町周辺で​作られている、​日本六古窯の​ひとつである​赤津焼。​奈良時代に​つくられた​「須恵器​(すえき)」と​いう​土器が​起源と​され、​鎌倉時代に​釉薬を​用いたのは​この​地方​のみであったと​いわれています。

茶道の​発展に​より​優美な​茶陶が​求められるようになり、​現在の​赤津焼が​持つ​「7つの​釉薬と​12種類の​装飾技術」が​確立されていきます。

鉄分を​多く​含む鬼板と​呼ばれる​粘土を​溶き、​細かな​紋様を​描いていきます。

鉄分は​焼成されると​黒や​茶褐色に。
江戸時代には​尾張徳川家の​御用窯と​して​栄えた​赤津焼。​高級茶器から​日常​使いの​器まで。​受け継いだ技術を​輝かせていました。

この​銀座名匠市に​集結しているのは、​経済産業大臣が​指定する​「伝統的工芸品」。​この​「的」を​満たす要件は​以下の​5つ。
1.主と​して​日常生活で​使われる​もの
2.製造過程の​主要部分が​手作り
3.伝統的技術または​技法に​よって​製造​(伝統的とは​およそ​100年間以上の​継続を​意味します。​)
4.伝統的に​使用されてきた​原材料
5.一定の​地域で​産地を​形成

それぞれの​地域で​脈々と​受け継がれてきた​技術、​人々の​日常に​寄り​添ってきた​ものたち。
便利を​追求しすぎて​大切な​ことを​置き去りに​してしまった​感の​あるいま。
手間を​楽しむと​いう​豊かさに​気付かされた​「銀座名匠市」でした。

続く。

※本年の​開催は​終了いたしました。
※銀座名匠市では​伝統的工芸品指定外の​ふるさと​工芸品の​お取り​扱いも​ございます。

バックナンバー

ファッションライターLulu.の​行ってきた​レポート vol.4

詳しくは​こちら

ファッションライターLulu.の​行ってきた​レポート vol.3

詳しくは​こちら

ファッションライターLulu.の​行ってきた​レポート vol.2

詳しくは​こちら

ファッションライターLulu.の​行ってきた​レポート vol.1

詳しくは​こちら

Lulu.


2010年~2021まで​11年間、​VOGUE JAPAN で​ブログを​執筆。​馬と​博物学的世界、​ムー的世界を​愛し、​不思議を​視たい!と​旅に​出て、​「好き」と​「感動」を​掻き集める。​高校時代に​障害飛越にの​めり込み、​今は​たまーに​外乗を​楽しむ50代。​現在は​noteで​発信。