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直木賞作家・中島京子氏書き下ろしのオリジナルストーリー。松屋銀座を舞台に「ひととてしごと」にまつわる物語がここに。
[著者コメント]
松屋銀座は、行けば必ずすてきなものに出会える特別な場所です。地下鉄を降りて、真っ白な建物に向かって歩き出す瞬間から、ワクワクします。今回は、わたし自身の「てしごと」を、お届けすることができるのを楽しみにしています。
[プロフィール]
中島京子 NAKAJIMA KYOKO
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1964年東京都生まれ。2003年『FUTON』でデビュー。10年『小さいおうち』で直木賞、14年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、15年『かたづの!』で柴田錬三郎賞など、『長いお別れ』で中央公論文芸賞など、20年『夢見る帝国図書館』で紫式部文学賞、22年『ムーンライト・イン』『やさしい猫』で芸術選奨文部科学大臣賞、『やさしい猫』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『うらはぐさ風土記』 『坂の中のまち』など。
プロフ画像 撮影/川上尚見
銀座三丁目生まれ
中島京子
これは銀座の物語だ。
にもかかわらず、多摩川の河川敷で始まる。
ぼくはクヨクヨしていて、ものすごくやけっぱちな気持ちで河川敷にいた。
「あんた、こんなとこで、なにくさってんの?」
隣で声がして、おばあちゃんツバメが首を傾げてこっちを見ていた。
「聞いたでしょ。明日は南の国へ出発だって。長い旅になるんだよ」
「ツバメはみんな旅をするものよ。なにが嫌だっていうのさ」
「ぼくは銀座三丁目、松屋銀座の東館で生まれたんだよ。でも、巣立ちが遅かったから、すぐにこの多摩川の集団ねぐらに来なくちゃいけなかったんだ。ふつうは巣立ってからしばらくは、銀座で過ごすでしょ。ぼく、銀座を知らないまま旅に出たくないよ」
「あんた、夏っ子だね」
ぼくは、両親が松屋東館の巣で二回目の繁殖をしたときの子どもなので、ツバメの世界では「夏っ子」と呼ばれる。ちなみに一回目の繁殖で生まれるのが「春っ子」。「春っ子」はだいたい、五月末から六月半ばくらいには巣立つ。その後で、両親がもう一回子作りをした。ぼくが巣立ったのは八月の終わりのことだった。
やっと巣を飛び出して、さあ、これからというときに、母さんが言ったんだ。
「みんなはもう、多摩川のヨシの原っぱに集合しているはず。ついてきて!」
追い立てられてそこに行ってみると、すごい数のツバメがいた。
そこから毎日、飛んだり餌を取ったりする練習が続いて、ぼくはすっかり多摩川の子みたいになった。その上、今朝、ツバメたちはみんな集められて告げられたんだ。
「これからみんなで、南へ飛び立ちます。出発は明日の朝。みなさん、今日はたっぷり餌を食べ、ゆっくり休んで、旅に備えてください」
ツバメ飛行団の団長さんが演説をした。
待って。明日の朝に南へ出発だって?
銀座をぜんぜん見てないのに? 生まれた松屋のことだってよく知らないのに?
聞いたとたんに泣きたくなって、河川敷でふてくされてたわけ。
「なんだ、そんなことか。それなら松屋銀座にこれから行こうよ」
「銀座に? これから?」
「夜までにここに戻ってくりゃいいんだろ」
「でも、銀座ってどこなの? ぼく、どっちから来たのか、わかんなくなっちゃった」
「なんてこったい」
おばあちゃんツバメは大げさに驚いてみせ、
「ついといで!」
と言って、ひらりと舞い上がった。ぼくはあわてて後を追った。なんだか体が軽い。巣立ちから半月あまり、飛行にも慣れてきていたらしい。ぼくらは東に向かって進路を取った。
「道すがら、ちょっと話しておこう。なにを隠そう、あたしも松屋東館生まれなんだよ」
「ばあちゃんも?」
「オトメさんと呼んどくれ」
「オトメさん? おばあさんなのに?」
「いいだろ、名前なんだから。あたしの親もそのまた親も、代々、ずーっと銀座、日本橋、丸の内あたりで営巣してきた江戸っ子さ。あたしの祖先は、松屋銀座の開業を見てるからね」
「開業?」
「そうだよ。初めて松屋銀座にあたしの祖先が巣を作ったのは、1984年って、いまから42年前のことだけどさ。それより37年も前に『夢淡き東京』って歌の中で、ツバメが銀座を飛ぶ姿は歌われてる。ひとが歌や映像に残してるかどうかは知らないけど、もっとずーっと前から春から夏を銀座で過ごすツバメはいるんだよ」
オトメさんは得意そうに続けた。
「あんたには想像もつかないだろう。だって、100年以上前の話なんだから」
「100年?」
「ある年の春に、東京に戻ったツバメは驚いたんだよ。前の年と様子がすっかりかわっていたからね。営巣するための建物がみんなこわれちゃってて、あっちこっちが空き地になっててさ。前の年に地震があったんだ。関東大震災。地震は、ツバメたちが東京を離れたあとのことだったらしいけどね」
「地震って?」
「地面が怒ったみたいに大揺れに揺れて、木や建物が倒れたりするんだよ。そりゃ、おっかないもんだよ。ともあれ、その地震の中でも、建設中だった松屋の大きなビルが倒れずに残ってたって。またその翌年に東京に行った祖先は、すっかり完成してお客さんを入れ始める松屋銀座の開業を見たってわけ。1925年のことなんだけどね」
ツバメの平均寿命は1・5歳くらいだから、100年って途方もない時間だ。
「あたし、何歳に見える?」
いきなり、オトメさんは言った。
「2歳くらい?」
「こう見えて、あたしは15歳なの。うちの一族はちょっと特殊でね。ぜんぶじゃないけど長生きが多くてさ。そのぶん、語り伝えられてることも多いのさ」
15歳なんて、ちょっと信じられなかったけど、オトメさんの話はおもしろかった。
「開店の日に、銀座の空におっきな飛行機がやってきたんだよ。空飛ぶ鉄の鳥に、ツバメたちは仰天したらしい。それが『本日開店』のきれいな紙を撒いてね。大きな鉄の鳥が大きな紙の雪を撒いたって、一族に伝わる話なのよ」
そんなことを話しているうちに、ぼくらはいつのまにか銀座の上空まで来ていた。

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