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Ⅱ

ぼくはうれしくて、銀座の空をくるくる旋回した。
あ、松屋銀座の、白いビルだ!
ぼくは脇道に回り込んで、懐かしい巣を目指した。
松屋銀座の東館にあるぼくの生まれた家は、人工巣といって、ひとの手で造られた。
銀座でツバメが子育てしやすいようにって、2019年に最初に設置されて、いまは四つの人工巣がある。じょうぶでいごこちのいい巣なんだよ。
「ほらほら、ぼんやりしてたら一日が終わっちゃう」
 人工巣に入って思い出にふけろうとしたぼくを、オトメさんが蹴り出した。
「あんた、デパートを見たいんだろ」
「うん、見たよ。白くて立派なビルだよね」
「外から見ただけじゃ、見たことにならないんだよ! ほら行くよ!」
 オトメさんがなにをしたと思う?
 ひゅるりとツバメ返しで方向転換し、さーっと地面近くに下りて行ったかと思うと、地下鉄の入口から地下通路に潜り込んだんだ。ぼくは必死でついて行った。
 地下道にはモザイクタイルの貼られた太い十本のおしゃれな柱があって、それぞれに10から1まで番号が振ってある。
「これが、松屋に行くまでのカウントダウンだよ。ほら数えて。10、9、8、7……」
 そのときは、「カウントダウン」がなんだかわからなかったけど、地下道の柱にはわくわくさせられた。1の柱の右に、松屋につながる階段があって、その階段の最初の五段にだけ、左脇に逸れるもう一つの階段がくっついていて、その先に不思議な小さな窓があった。
「これ、これ、これが、あたしは見たかった!」
 窓から中を見ると、ケーブルが何本も走っているのが見える。これは「銀座共同溝」ってもので、1968年に造られた、銀座通りの電気・電話・ガス・水道・下水道の管がぜんぶきれいに地下に収められているものなんだって。
 こんなケーブルが2kmも、銀座通りの地下を通って、みんなの生活を守ってるんだ。たしかにちょっと見ものだよ。
 ところがオトメさんが何をしてたかっていうと、窓の横にある金色の説明板に、自分の姿を映して翼やくちばしを整えてたの。
 そこへ、女のひとがひとりやってきて、ポーチから口紅を出すと、金色の説明板に自分の顔を映して、お化粧直しをし始めた。
 ここは知る人ぞ知る、銀座の化粧直しスポットらしい。
 開店の合図とともに、ぼくらは店内に飛び込んだ。
「あ、ツバメ」
 と、誰かが言ってぼくらを指さした。
 この日、何回、注目を浴びただろう。ぼくはスターになったみたいで、とても気分がよかったんだ。
 オトメさんは、前を歩いている女のひとのリュックにちょこんと腰かけて、運んでもらうことにしたようだった。そんなのってありなの? ツバメのくせに、飛ばないの?
 ぼくはオトメさんの真似をして、リュックのひとの隣を歩いていた別の女のひとの籠に潜り込んでみた。女のひとたちは、あちこちのスイーツを見て回るのに夢中で、ぼくらがいることにぜんぜん気がつかない。
「ユーハイムのバウムクーヘン食べたくない?」
「ときどきめちゃくちゃ食べたくなる。買うー!」
 女のひとたちは、バウムクーヘンを受け取ると、
「お弁当も買ってく?」
「あ、そうだ。お弁当買ってこ」
 と、ひどくうれしそうな顔つきになって、お弁当売り場に移動した。リーズナブルなお値段でおいしくてヘルシーなお弁当が買えるんだって。
 ツバメは、飛んでる虫のほうが好きだけどね。
 それからぼくらはエスカレーターに飛び移って1階に上った。
「梵字を見に行くよ」
 ボンジ? ぼくはわけもわからず、とにかくオトメさんに続いて飛翔した。
 知ってた? 松屋の1階のあちこちに「四天王」のマークがあるんだよ。それが梵字。インド古語(サンスクリット語)の文字で、仏教世界の中央にある須弥山(しゅみせん)の東西南北にそれぞれ立ち、鬼や悪者から仏様や仏法を守っている神様を表す梵字が、松屋1階の東西南北の天井に配置されているんだ。
 文字のような絵のような、金色に光る梵字を見つけると、なにかラッキーなことがありそうな気がするね。
「四つの梵字は、屋上に祀られている不動明王さまといっしょに、松屋銀座に来るひとを守ってるんだよ。とうぜん、ひとだけじゃなくて、ツバメたちも守ってくれてるのさ。ツバメが何十年もここで子育てすると決めているのは、守られている安心感があるからなんだよ。あとで、あたしたちもお参りに行こうね」
 そう言うと、オトメさんはまたとても速いスピードで、中央のホールに飛んで行った。
「ここが、松屋銀座開業当時からある、25mの吹き抜け空間だよ!」
 見上げると、たしかに遮るもののない空間が広がっている。
 そういうとき、ツバメはどうしたって飛び上がりたくなるものなんだ。
 ぼくとオトメさんは、一気に飛翔した。
「あ、ツバメだ!」
 また、誰かが叫んだ。
 ホールにいた人たちがみんな目を上に向ける。
「ちょっと飛んであげようかね」
 オトメさんはいたずらっぽくくちばしをパクパクさせると、得意のツバメ返しで急降下し、1階の床スレスレまで降りてからまた飛び上がった。
 ぼくとオトメさんは交互に飛んで、吹き抜け空間でちょっとしたパフォーマンスを披露することになってしまった。お客さんたちは拍手喝采。