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行ってきたレポート vol.10「第7回 銀座・暮らしの商店街」(後編)
こんにちは。
行ってきたレポート「第7回 銀座・暮らしの商店街」の後編です。
心地良い余韻が続く家具
〈さしものかぐたかはし〉
静謐な美しさの中に強い軸を感じた、広島の家具工房「SASHIMONOKAGU TAKAHASHI」。指物(さしもの)とは、釘や接着剤を使わず、木を組み合わせてつくる工藝品や技術のこと。修復がしやすく、手直ししながら長い間使い続けるための技術です。
広島から連れてきたというツツジが無垢の木と共鳴し、心地よい空間をつくっていました。
何気なく座った片肘の一人掛けの椅子「tomo」、その座り心地の良さに驚きました。深い座面、腰にフィットするように計算されたカーブ。パッと見ただけでは分からない細やかな意匠が散りばめられていました。
ゆったりとした肘のフチの美しさに驚嘆。
飲み物などを置く場所にはしっかりとフチがあり、手前に行くに従ってフチがスッと消えていくように仕上げられています。
どれだけの試行錯誤と素材との対話がなされたのだろう。
東京・浜町にあるHAMACHO HOTELの一室「TOKYO CRAFT ROOM」のために、スウェーデンのデザインユニット・CKR(Claesson Koivisto Rune)のウーラ・ルーネ(Ola Rune)さんと作ったダイニングセット「Hand」。
驚嘆したのが、天板と脚の接合部分、テーブルの天面に細く覗く「ほぞ継ぎ」の技術力の高さ。
普通はフラットに削り仕上げる接合部分が、丸くカーブを描いています。幅4mmという空間に、〈さしものかぐたかはし〉の持つ技術力と美意識が詰まっていました。
添えられていた作品ノートにこうありました。
『「わかる人にはこれがどれだけの事かわかるから。君の技術を見せてほしい。」とOlaさん。そういいわれると、やるしかないよねぇ‥』
わかる人にはわかる。同じ要素を持ち合わせていないと感じることさえできない。共鳴する者同士が磨き合い素晴らしい世界をつくりあげる。その根底に流れるのは互いへの敬意と信頼。私はそこに美しさを感じる。
座って触れないと気付かないような緩やかなカーブが、テーブルのエッジに在りました。使う人を想い丹精込めて鉋で削られた面は、言葉を介さず優しさを伝えていました。
包み込まれるような新鮮な座り心地に感動したのが「futon sofa」。クッションは名古屋で150年続く老舗「丹羽ふとん店」が制作。中綿は昔ながらの木綿のみ。だから身体が落ち着くのね、納得。
鳥の羽ようなシュッとしたアームが端正。生地はデンマーク Kvadrat のもので、背もたれと座面のクッションの色を選べるのが楽しい。「日本独自の休息椅子」という表現も素敵でした。
樹木は家具になっても生き続けているといいます。木材の寿命はその木が生きてきた時間と同様なんだそう。樹齢100年の木ならば100年の耐久性を持つということ。
木という素材に向き合い、その特性を知り、素材の意思を読み取りながら、つくり上げられる家具。そして積み重ね削ぎ落とした部分に宿るのが余韻。それは見えないけれど確かに存在する。
余韻ある家具に出会えて嬉しいひとときでした。
文化の本質を掬い取り繋げる
〈ReBuilding Center JAPAN〉
長野県諏訪市にある、古材と古道具を販売する建築建材のリサイクルショップ「リビルディングセンタージャパン」。
家屋や工場などの解体などで行き場を失ってしまったものをレスキュー(買い取り)し、再び誰かの生活を豊かにするための仕組みを作る活動をしているショップです。
古材で作られた額には、昔懐かしい磨りガラスが使用されていました。
片付けなどで使われなくなった器たちも、キレイにしてもらって誇らしげに並んでいました。昔の器には、ハッとするような大胆な構図や色使いがあって魅了されます。
素敵だったのが明治中期の大皿。
コミカルな龍の表情とゆるーい雷紋がなんとも愛らしい。何を想い絵付けしたのだろう。日露戦争、二度の世界大戦を生き抜いたお皿を前に色々と想像が膨らみました。
逆さまにした食器から生まれた「リライフライト フリップ」。
布が貴重だった時代、何度も手を入れて大切に使われてきた刺し子の襤褸(ぼろ)。日本の優しい文化。
捨てられる運命だった美しきものをレスキューしてくれてありがとう、という気持ちが込み上げてきた「ReBuilding Center JAPAN」のブースでした。
魅惑の老上海
〈on the shore〉
鮮やかな赤に引き寄せられた、上海を中心とした中国のアンティーク家具などを取り扱う「on the shore」の空間。
シノワズリ(中国趣味)が好きなので魅入ってしまう。
重厚感ある厚手でずっしりとした絨毯、段通。
あっ、景徳鎮。
景徳鎮は、中国江西省北部に位置する陶磁器の産地。18世紀以前は磁器を作る技術がなかったヨーロッパに、東インド会社を通じ景徳鎮や伊万里の白磁が運ばれました。この白く硬い器に魅了されたドイツのザクセン選帝侯アウグスト強王が、ヨハン・フリードリッヒ・ベトガーに開発させたのがヨーロッパ初の硬質白磁、マイセンです。
色がきちんと留められていて、だれていない。パキッとクリアで繊細。美しいね。
マレーシアでアンティーク(100年以上前のもの)のプラナカン磁器を見た時の印象と同じでした。マラッカに最初に定住したプラナカン・チャイニーズのコミュニティ専用に、中国の景徳鎮の磁器窯に特別に発注されたのがプラナカン磁器。
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老上海(オールドシャンハイ)の鳥籠に敷かれていた刺繍布も素敵でしたし、フックの曲線も優雅でした。
1842年の南京条約により開港された外国人居留地(租界)があり、中国と欧米の文化が混じり合い独特な雰囲気を醸し出していた時代の上海。魅惑的だ。
清代の山西省のキャビネットには、鳥や鹿たちが楽しそうに戯れていました。
私はいつもどこかに生き物の気配があるものに惹かれる。それぞれの作り手が表現する花鳥風月。服でも陶磁器でも絨毯でもなんでも。
大切にしている皇帝の象徴である五爪(ごそう)の龍を模したファブリック。
山東省の案台にも鹿と花がいました。案台の枯れた朱と置かれていたガラスたちの透明感の対比がきれいでした。
安定感あるどっしりとした重さが素敵だった山西省の籠。農作業等で使われていた籠のようです。「使者小心」は「気をつけて使ってください」という意味なのだそう。野の花を無造作にいれたい!と思った籠でした。
オーナーの美意識が空間の隅々まで行き渡っていた「on the shore」でした。
便利を追求しすぎて大切なものを置き去りにしてしまった感のある今、静かにそこに在るものに心を留めたい、と感じた「第7回 銀座・暮らしの商店街」でした。
※本年度の開催は終了いたしました。
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Lulu.
2010年~2021まで11年間、VOGUE JAPAN でブログを執筆。馬と博物学的世界、ムー的世界を愛し、不思議を視たい!と旅に出て、「好き」と「感動」を掻き集める。高校時代に障害飛越にのめり込み、今はたまーに外乗を楽しむ50代。現在はnoteで発信。
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