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-松屋銀座開店100年-銀座三丁目 百年物語
第11話

おかげさまで​2025年、​松屋銀座は​開店100周年!​本連載では、​銀座三丁目で​繰り​広げられた、​松屋ならではの​あれこれを​振り返りつつ、​「松屋らしさ」を​紐解いて​まいります。

デザインの​松屋

松屋銀座は​長年、​「デザインの​松屋」と​して​語られる​ことの​多い​百貨店です。​写真①は​1986​(昭和61)​年頃の​広告。​「デザインの​松屋です。」と​堂々と​宣言しています。​ビジュアルは​7階デザインコレクションの​当時の​ベストセラー​「アレッシの​エスプレッソマシン」​(右)と、​永遠の​ロングセラー​「森正洋デザインの​G型しょうゆさし」​(左)。​販売している​優れた​デザインの​商品を​通して、​松屋銀座と​いう​百貨店の​テイストや​デザ​イン性を​示す手法。​商品​広告が​イメージ​広告にもなっていると​いう、​まさに​前回お伝えした​「銀座もの​語​(が​たり)」の​好例です。​物に​語らせています。​この​広告には​対​(つい)に​なる​ものと​して、​「松屋の​デザインです。」​(写真②)も​ありました。​これらの​シリーズ​広告を​通して、​「松屋⇔デザイン」と​いう​関係性を​アピールしていたわけです。

写真①

写真②

松屋銀座に​おける​デザインの​歴史は、​戦後、​営業再開2年後の​1955​(昭和30)​年にまで​遡ります。​春に​7階リビング・フロアの​片隅に​小さな​デザイン売場​「デザインセクション」が​設けられ、​同年11月には​「グッドデザインコーナー」と​改称され、​面積も​広がります。​この​売場は​デザイン・セレクトショップの​さきがけであり、​商品を​選定するのは、​1953​(昭和28)年に​設立された​日本デザインコミッティーの​メンバーたちです。​建築、​グラフィック、​プロダクト、​照明、​家具、​テキスタイルなどの​分野で​デザインに​携わる​第一人者が​揃い、​選定会で​選ばれた​商品だけが​売場に​並ぶのです。​1979​(昭和54)​年には​「デザインコレクション」と​呼称が​変更され、​現在に​至ります。

グッドデザインコーナー​(1960年代中頃)

日本デザインコミッティーの​創立メンバーに​よる​選定会​(1955年)

デザインギャラリーも​1964​(昭和39)​年以来、​長年続いています。​デザインコレクション売場に​併設する​ことで、​国内外の​優れた​デザインを​紹介する​機能と​販売する​機能が​両立し、​「デザインの​松屋」を​象徴する​エリアと​なっています。​松屋銀座は​日本デザインコミッティーとともに、​良質な​デザインを​紹介する​活動を​70年も​続けているのです。​また​松屋銀座には、​1960年代からの​北欧デザインとの​深い​関係も​あります。​当時の​世界的流行だった​北欧デザインの​日本に​おける​中心は、​銀座の​松屋と​新宿の​小田急ハルクでした。​その頃の​デザイン系学生は、​時代の​先端を​キャッチする​ために、​この​両店に​足繁く​通った​そうです。

松屋では​「デザイン」を​衣食住​すべてに​わたる​ものと​捉え、​1989​(平成元)年の​大リニューアル時には、​「生活デザイン百貨店」と​いう​ストアコンセプトを​打ち出しました。​また​2007​(平成19)​年には​松屋銀座の​「50年を​超える​デザイン啓蒙活動」に​対して、​毎日​デザイン賞特別賞が​贈られています。​さらに​2019​(令和元)​年には​従業員に​向けて、​「デザイン=気遣い」と​定義しました。​それは、​接客や​職場環境を​含む百貨店活動の​すべてを​デザイン視点で​考え、​働く​みんなで​「デザインの​松屋」を​さらに​高めようとする​運動です。​「デザインの​松屋」と​いう​言葉は、​これらの​歴史の​積み重ねに​よる​勲章であり、​これからも​続いていく​大切な​アイデンティティーなのです。

書き手:田代 健
松屋グループの​東京ファッション専門学校校長。​松屋を​中心に、​当グループ一筋40余年の​キャリアを​持ち、​これまでに​「松屋150年史」の​副編集長などを​務める。