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-松屋銀座開店100年- 銀座三丁目 百年物語 
第5話

おかげさまで​2025年、​松屋銀座は​開店100周年を​迎えます。​ 本連載では、​銀座三丁目で​繰り​広げられた、​松屋ならではの​あれこれを​振り返りつつ、​「松屋らしさ」を​紐解いて​まいります。

銀座通りと​松屋通り

ニューヨークの​五番街、​パリの​シャンゼリゼと​並ぶ世界有数の​ショッピング・ストリートが、​銀座を​南北に​貫く​「中央通り」。​その​銀座区間の​通称が​「銀座通り」です。​銀座1丁目から​8丁目の​距離は​約1,100メートルあります。

1919​(大正8)年に​市街地建築物法に​よって、​建物の​高さは​百尺​(31メートル)までと​制限されました。​この​規制は​戦後も​続き、​銀座にも​31メートルの​建物が​建ち並びました。​たとえば​三越​(旧館)や​和光、​松屋などの​建物が​この​高さです。​その​ため、​銀座通りの​スカイラインは​31メートルで​まっすぐ​揃っていました。​その後、​法律の​改正でもっと​高い​建物を​建てられるようになります。​しかし、​銀座の​人々が​中央区と​話し合い、​1998​(平成10)年に​銀座の​建物に​関する​ルールを​新たに​定めました。​これが、​銀座独自の​景観や​回​遊性、​街の​品位を​守る​ための​「銀座ルール」。​これに​より、​建物の​高さは​56メートルまで​+屋上工作物10メートルと​なり、​現在の​銀座通りの​スカイラインは​31メートルと​66メートル高が​混在しています。

銀座通りの​都電廃止前日​(1967年)

「明治百年大銀座祭」​松屋の​花自動車​(1968年)

その昔、​銀座通りを​走っていた​都電「本通​(​ほんどおり)​線」は、​1903​(明治36)年に​開業し60年以上にも​わたり​人々に​親しまれましたが、​交通渋滞などの​ため1967​(昭和42)​年12月10日に​廃止されています。​また、​「大銀座まつり」内の​イベントと​して、​1968​(昭和43)​年~1999​(平成11)年に​開催された​「音と​光の​パレード」には​松屋銀座の​花自動車も​毎年​登場し、​銀座通りに​集まった​人々の​耳目を​楽しませました。​松屋の​古屋勝彦名誉相談役は、​2007~2016​(平成19~28)​年まで​銀座通連合会の​第10代会長を​務め、​銀座通りの​発展に​尽力しました。

一方​「松屋通り」は、​銀座3丁目と​4丁目の​間を、​西は​外濠通りに​突き当たる​銀座教会の​前から、​東は​築地川跡の​祝橋に​至る​約630メートルの​通りです。​銀座界隈で​企業名の​ついた​通りは​現在​「ソニー通り」と​「松屋通り」ぐらい。​それだけ松屋が​地元に​愛される​ランドマークで​あり続けた​証ではないでしょうか。​ 松屋通りの​誕生は​1957​(昭和32)年。​地下鉄丸の​内線銀座駅の​誕生と​同じ​タイミングです。​開業4年目の​丸の​内線が​銀座​(当時の​名称は​「西銀座」​駅)まで​開通したのが​この年の​暮れ。​地元の​人々が​銀座教会の​会議室に​集まり、​その​総会で​「松屋通り」の​名称が​満場一致で​承認され、​両側の​歩道に​計32本の​街路灯を​設置する​ことも​決定しました​(費用総額250万円の​うち、​松屋が​200万円、​地元が​50万円を​負担)。

松屋通りの​標識

1962​(昭和37)​年公開の​日活映画『銀座の​恋の​物語』には、​松屋通りの​街路灯が​堂々​登場します。​当時は​日本語​表記でしたが、​その後、​2000​(平成12)年に​一新され、​「M」​字型​(もちろん​松屋の​M)の​装飾物が​つきました。​表から​見ても​裏から​見ても​味わいの​ある​「M」に​なっていましたが、​老朽化に​よる​危険防止の​ため2023年11月に​撤去されました。​この​ほかに​漢字で​「松屋通り」と​記された​標識も​6本立っています。​ ちなみに​松屋銀座の​裏手に​ある​「スターバックスコーヒー銀座松屋通り店」は​1996​(平成8)​年8月2日に​オープンした​日本1号店。​いや、​実は​スタバに​とって​アメリカ以外では​初の​記念すべき店舗なのです。​近年では​〈ニールズヤード レメディーズ〉、​〈キールズ〉、​〈サボン〉などの​コスメショップが​松屋主導のもとに​相次いで​オープンするなど、​松屋通りは​変わり続けているのです。

松屋通りの​M字型街路灯​(2000~2023年)

書き手:田代 健
松屋グループの​東京ファッション専門学校校長。​松屋を​中心に、​当グループ一筋40余年の​キャリアを​持ち、​これまでに​「松屋150年史」の​副編集長などを​務める。