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Ⅲ

「はー、息が切れた。年だね、あたしも。エレベーターに乗ろう」
「エレベーター?」
 飛んでいくと、待ってたみたいにエレベーターのドアが左右に開いた。ぼくらはパタパタと中に飛び込んだ。
「あたし、松屋の数字が好きなんだ」
 オトメさんは、おかしなことを言う。松屋の数字って、なに?
「ほら、1階、2階ってのがわかる、数字があるだろ。かわいいんだよ、松屋の数字。あたしがいっとう好きなのは8だね。雪だるまみたいだろ。2もちょっと、鳥の仲間みたいだしさ。屋上のマークは、きどったお嬢さんみたいな感じ」
 オトメさんがうっとりした顔で、各階を示す数字の形を眺めている。
 そう言われてみると、8は雪だるまみたいで、2は白鳥みたいだ。
「降りるよ。ちょっとリタに挨拶してくる」
 3階でドアが開くと、オトメさんは飛び出した。
 勝手で唐突なんだよ、オトメさんは。
 銀座に来たかったのはぼくなのに、いつのまにかオトメさんの松屋訪問にくっついて飛んでるみたいになってる。
 でも、あのとき、ぼくはまだ子どもだったし、一羽きりで放り出されたら、なにしていいかわかんなかっただろう。
 強引なオトメさんのおかげで、ぼくはいろんなことを知ったし、たくさんのものを見たんだよ。
 オトメさんの好きだった「松屋の数字」は、仲條正義さんという有名なグラフィック・デザイナーが考案したもので、1978年から使われている。数字だけじゃなくて、MATSUYA GINZAみたいな英文字のロゴも、そのときにいっしょに作られたんだって。これはオトメさんに聞いたんじゃなくて、ぼくがあとから調べたんだけど。
 オトメさんはツツツーとフロアを突っ切って、ガーリッシュでかわいいお洋服や雑貨がいっぱいあるところへ飛んで行った。オトメさんが「リタ」と呼んでいたのは女優さんの名前なんだよ。松屋銀座の中には「リタズダイアリー」っていう、リタの部屋をイメージしたセレクトショップがある。
 オトメさんは、リタに会ったことがあるようなことを言ってたけど、自称15歳のツバメのいうことなんて、どこまで信じられるかわからないよね。
「今日は、リタ、いないみたいね」
 とかなんとか言いながら、オトメさんはお店のまわりをひらひら舞った。
「リボンとか刺繡とかボタンとかチュールとか、リタの部屋にはオトメ心をくすぐるもんがいっぱいあるんだよ」
 あれだね。
 オトメさんはひょっとしたら、ツバメじゃなくて人間に生まれたかったんじゃないの?
 かわいいものとか、きれいなものとかが好きで、デパートが大好きで。
 ぼくがそんなふうにからかったら、オトメさんはくちばしをつんとさせて、違うよ、そんなことはないよ、と言った。
「ツバメが人間みたいなおしゃれをしたいと思うことはないね。だって、あたしたちは、もうすでにすてきな翼や尾を持ってるからさ」
「まあ、そうだけど」
「逆だよ。人間はツバメみたいなおしゃれをしたいと思ってるのさ」
「そうなの?」
「人間がツバメの姿を真似て、燕尾服を作ったのは有名な話だし」
「エンビフク?」
「着るとツバメによく似て見える洋服でね、人間がいちばん大事な夜会のときに着るんだよ。日本は長いことサムライの国だっただろ、明治時代になって洋服を着るようになったときに、あわてて燕尾服を礼服にしたんだよ」
 そんなことを言いながらも、オトメさんはあちこち飛び、エスカレーターの手すりにとまって上階へ上り、お気に入りのお店を覗いて回った。
「あたしが好きなのは、そうねえ、プリスティンだろ、ナラテイバンだろ、ガラス工芸のスガハラも気になるねえ」
 オトメさんはごきげんなまま話し続け、手すりからぱっと飛翔して、8階のイベントスクエアにひゅるりと入り込んだ。
「あたしがいちばん来たかったのはここ、ここ」
 そこには、木工品やら陶器やらジュエリーやら靴やらバッグやら籠やら漆器やら、ほんとにいろんなものが集められていた。作り手たちもやってきていて、ちょっとお祭りみたいな雰囲気だ。
「銀座・手仕事直売所」。
 それが、その場所の名前だった。
「ねえ、ここにくると、なんだか旅をしているみたいな気持ちにならない? 毎年、ちょうどツバメたちが南へ行く季節、玄鳥去(つばめさる)の時期になると、『銀座・手仕事直売所』っていうイベントが開催されるんだよ。ていねいに、ていねいに作られたモノたちが一堂に会して、それらを気に入って持ち帰る人を待つんだってさ。ひとつひとつが手作りだから、それを買っていく人との出会いも一期一会」
「いちご?」
「一生に一度だけの出会いっていう意味だよ。ねえ、おちびさん。今日というこの日、こんなふうにあたしたちが銀座に来ているのも、たぶん、二度とないたった一度だけのことなんじゃないかしらね」