メインコンテンツへ

その​他|その​他

森さんちに、​おじゃましました​ “北欧” 経由、​暮らしを​楽しむ​「これで​いいんだ!」の​アイデアvol.48

はじめまして。​北欧の​旅や​暮らしの​情報を​発信している​森百合子と​申します。​北欧の​国々を​旅するようになって​15年ほどが​経ち、​わが​家には​布や​食器など​北欧モノが​増え、​旅先では​部屋づくりや​暮らしに​役立つヒントにも​たくさん​出会いました。​これから​月に​1回ほどの​ペースで、​わが​家で​取り入れている​北欧経由の​暮らしの​アイデアを​ご紹介していきたいと​思います。​どうぞよろしく​お願い​いたします。

拳の​方向を​変えたい

2月の​寒い冬の​時期に、​また​北欧へ​行ってきました。​ノルウェーの​オスロ、​デンマークの​コペンハーゲン、​スウェーデンの​マルメと​巡ってきたのですが​今年は​どこも​雪が​多く、​寒さが​とても​厳しい​冬だったとか。

旅の​後半は​寒さも​やわらいで、​現地の​友人と​「春だね」と​喜び​あっていたのですが、​帰国した​翌日に​中東情勢が​悪化。​わたしも​ドバイ経由で​北欧を​旅したことが​あったので、​ヒヤリとしました。​そして​同時に、​平和と​思っていた​日常が​あっと​いう​間に​変わってしまう​ことを​痛感しました。

連日ニュースや​SNSを​見ていると​気が​滅入って、​不安が​増すばかり。​まるで​悪の​組織のように​ふる​まう​世界の、​社会の​リーダー達を​見て、​これが​映画なら​そろそろスーパーヒーローが​登場する​局面なのに​ねえ……と​嘆息していたら、​それに​答えてくれるかのような​言葉が​目に​留まりました。​『暗闇の​なかの​希望』などの​著書で​知られる​アメリカの​作家レベッカ・ソルニットが、​ちょうど​インタビューで​こんな​ことを​話していたのです。

「問題を​解決するのは​スーパーヒーローでは​ありません。​多くの​場合、​集団的な​努力に​よって​世界は​変わるのです」。​さらに​目を​引いたのは​次の​言葉です。​「世界を​変えるには、​フランス革命のような​手段を​とる​ものだと​思っている​人も​多いですが、​世界を​変えていく​ことは​闘いと​いう​より、​介護のような​ものに​近いのかもしれません」。

この​言葉を​読んで、​昨年4月に​ノルウェーの​町トロンハイムで​見た​ユニークな​プロジェクトを​思い出しました。​ノルウェーで​再評価が​高まる​テキスタイル作家、​ハンナ・リュッゲンの​功績を​讃える​美術展を​取材した​際の​ことです。

→​その​美術展の​様子は​こちらで​レポートしています。抵抗する​テキスタイル。

町じゅうの​美術館や​ギャラリーが​協力し、​アートに​造詣が​深い​人も​そうでない​人も​詰めかけた​オープニングで​目に​したのは、​メイン会場と​なる​美術館の​前面を​覆った​白い​布と​ピンクの​刺繍。​そこには​ノルウェー語で​こう​書かれていました。

「彼が​拳を​握り、​彼女が​その​結び​目を​ほどき続ける​限り、​わたしは​フェミニストで​ありつづける」。

それは​平等を​求める​オーストリアの​活動家に​よる​プロジェクト作品でした。​世界各地で、​刺繍に​よる​メッセージを​届ける​ソランジュと​呼ばれる​プロジェクトで、​出だしは​いつも​「……である​限り」と​始まり、​最後は​「わたしは​フェミニストであり続ける」で​締めくくられます。

た​とえば​「お皿を​洗うの​が​女性の​役割である​限り、​わたしは​フェミニストであり続ける」​「退職した​女性たちが​貧しさと​向き合わなければならない​限り、​わたしは​フェミニストであり続ける」と​いった​メッセージが、​オーストリアを​はじめドイツ、​フランス、​イタリア、​アメリカなど​世界各地の​町で、​その国の​言葉で​綴られてきました。

トロンハイムでの​作品を​作るに​あたって、​ソランジュチームは​現地ノルウェーの​女性たちに​アンケートを​取り、​彼女たちの​声を​聴いて​この​言葉を​作ったのだそうです。​男女平等が​進んでいると​思われる​ノルウェーでも、​こうした​メッセージが​まだまだ​必要と​されるのだと、​驚きも​ありました。

プロジェクトの​中心人物である​カタリーナ・チブカさんは​このように​説明してくれました。​「いま世界中で​怒りに​つきあげられた​拳が​急速に​復活してきています。​拳は​男性的な​強さや​権力、​武器、​戦争の​イメージを​想起させ、​家父長制の​象徴とも​いえます。​一方​で​女性は、​強く​握られた​拳、​もつれた​糸を​ほどく​ために、​忍耐を​必要と​する​作業を​担うことが​よく​あります。

わたしたちの​課題は、​やさしさと​破壊の​対立を​乗り越える​こと。​拳から​暴力性を​とりの​ぞいて、​人類すべてが​直面している​巨大な​困難に​取り​組んでいく​こと。​その​ために​こそ、​拳の​パワーを​使うべきなんです」。

先に​挙げた​レベッカ・ソルニットに​よる​「介護」と​いう​言葉や、​ソランジュの​「拳を​ほどくのは、​女性」と​いう​表現に、​「結局、​弱い​者が​尻拭いを​させられるのか」と、​最初わたしは​やるせない​思いを​抱いてしまったのですが、​いま改めて​カタリーナさんの​話を​思い出してみて、​拳自体を​否定するのではなく、​そこから​暴力性を​はぎとって​有効活用する。​その​考え方は​柔軟で​おもしろいし、​21世紀らしい!​ と​思うに​至りました。​そして​ソルニットの​言う​「介護」と​いう​言葉は​具体的には​どんな​行動を​意味するのだろうか、と​自分の​(まだまだ​浅いですが)​介護経験を​思い出しつつ​考えました。​真正面から​立ち向かっても​打開策が​なかったな、​でも​ふとした​瞬間に​うまく​着地したことも​あったな、​現場を​よく​わかってる​人の​アドバイスや​機転には​助けられた​な……など​考える​うち、​小さな​蛍のような​光が、​真っ赤な​顔で​怒りのままに​ふりあ​げた​権力者の​拳に​群がって、​拳が​向かう​先を​変えてしまう。​そんな​イメージが​ふと​頭に​浮かびました。​それは​頼もしく​痛快で、​わたしも​その​一部に​なりたい、​何かやりたいと​思ったのです。

どんな​言葉に​耳を​傾けて、​それを​共有し、​力に​していくか。​自分​自身で​声を​挙げられなくても、​声を​挙げている​人を​応援したり、​寄付を​したり、​選んで​行動する​ことは​誰に​でも​できる​前向きな​行為なのだ。​そう​思ったら、​なんだか​力が​出てきました。​動かないまま​不安で​いるより、​何を​しようかと​考える​方が​楽しいですもんね。

さて、​最後に​ちょっと​息抜きの​お話を。​昨年末、​スウェーデンに​暮らす友人から​送られてきた​ギフトの​中に​入っていたのが​これです。​……​デーツの​お菓子?​ それも​シナモンロール味!?​ と​あっけに​とられましたが、​友人いわく​フレーバー付きデーツが、​いま大人気なのだとか。​確かに​今回の​北欧旅行でも、​スーパーマーケットや​空港で​この​パッケージを​何度も​見かけたんですよね。​コーラ味や​リコリス味​(!)も​ありました。

ドライデーツの​自然の​甘みに、​シナモンロールの​スパイスが​感じられて、​コーヒーの​おともにも​ぴったり。​デーツと​いえば、​中東の​名産。​この​お菓子も​イラン産の​デーツを​使っていました。​次の​旅では、​ぜひ​おみや​げに​持って帰りたい。​おいしい​デーツが​いつでも​食べられる​世の​中であって​ほしい。

今回の​北欧旅行から​帰る​日の​朝、​泊めてくれていた​友人の​家で​撮った​一枚。​チューリップや​ヒヤシンスなど​新春の​花に​まじって、​イースターを​祝う​黄色い​水仙が​飾られていました。​北欧も、​間もなく​春ですね。

バックナンバー

森さんが​教えてくださった、​暮らしを​楽しむ​「これで​いいんだ!」の​アイデアは​他にも​たくさん!

vol.44​「夏の​楽しみを、​北欧に​学ぶ」

詳しくは​こちら

vol.43​「抵抗する​テキスタイル」

詳しくは​こちら

vol.42​「冬の​終わりの​家時間」

詳しくは​こちら

vol.41​「猫の​いる​場所」

詳しくは​こちら

vol.40​「風通しの​いい​キッチン」

詳しくは​こちら

森 百合子 mori yuriko


北欧5ヶ国で​取材を​重ね、​旅や​暮らし、​デザインの​情報を​中心に​発信。​著書に​『3日で​まわる​北欧』​(トゥーヴァージンズ)、​『北欧​おみや​げ手帖』​(主婦の​友社)、​『いろはに​北欧 わたしに​“ちょうど​いい”旅の​作り方』​(ダイヤモンド・ビッグ社)​ほか。​執筆活動に​加えて、​NHK Eテレ『趣味どきっ!』、​NHK 総合『世界は​ほしい​モノに​あふれてる』など​メディア出演や​講演を​通じて​北欧の​魅力を​伝えている。